うぉーと吠える日々

たまに、うぉーと心の中で吠えています。メモがわりに書いているので、乱文です。ご容赦くださいませ。

自分の経験に光をあてる

久しぶりに昔住んでいたところの近くを通った。

もう、18年前だ。

遠い昔だけど、思い出は近い。

押入がパイプと板で仕切られていて、とてもビックリした記憶がある。

築40年の建物で、お風呂場が狭かった。

あの住まいからスタートしてるから、大概の住まいは大丈夫だと思う。

 

至らない所ばかりで外側のために頑張ってた。

それでも、よく生きました。

そんな私に付き合ってくれた周囲の皆さんありがとう。私にもありがとう。

 

駅はすっかり変わったけど、私が住んでいたところはお風呂やさんが閉めてしまっただけで変わってなかった。

 

私の飼っていた動物も、逃げてしまった思い出も懐かしい。

 

遠出をしていて、ちょうど息子が起きる時間だなと思いながら綴る。

昨日書いた提出物、出してくれよー。

快く送り出してくれた義理の両親にも感謝。

私、意外と頑張れてるのかな?

 

京都は湿度のある寒さ。

乾いた所から来たから、余計に実感する。

いい機会だからしっとりして帰ろーっと。

自分の狂気を取り出す

先日、他人に対して失礼なことをした。

その根幹には、昔の出来事に対する恐怖や思い残しがキメラになったものがあった。

 

取り出して眺めてみると、何て事はなかった。

私の言い出す、向こう側に乗り込んでいく、覇気のなさが原因だった。

 

その昔、何となくやり取りしていた相手と、急に疎遠になったのだ。

その時私は、環境活動の行政行為の見直しを求める活動がふりかかり、心身を粉にして取り組んだ時だった。

 

派手にみえるが、詰まるところ一人で何でもやらなくてはいけなくて、大変だったことしか記憶にない。

乳飲み子を抱えて、県庁の関連資料段ボール30箱を越える資料を、お昼1時間は子どもの世話をして残りはぶっ通して閲覧し、付箋紙を入れていった。

 

一人だった。

声をかけたけど、誰も手伝ってくれなかった。

どう捉えても仕方ないから、私よよく頑張ったと誉めたい。

母親としては、ダメだったけどその時出来ることは精一杯やった。

インナーチャイルドも暴れ、嵐のような日々だった。

 

やってやった、という達成感より人の見たくない側面を見ることが多くて、げんなりした時期でもあった。

 

自分の内側のケアもできていなかったから、子育ても地獄だった。

訴訟めいた書類を提出し終わったのが、3月の29日。

出し終わったとたん、燃え尽きて頭が真っ白になった。

息子の入学式の準備も儘ならないくらいで、親としては恥ずかしいばかりだった。

 

それでも人の先入観は、容赦なく刺さる。

見えない部分の仕組みを体で感じて背負い、なんとか荷物を外していった。それに5年かかった。

千人、万人単位の想念を背負うって、なかなかない経験だった。

アイドルや政治家も大変だ。

よき思いで見てくれることが、どれだけあるのだろうか。

 

それでも、私は生きている。

色々あっても、私があるならそれでいいのかも。

 

お迎えする

  月下獨酌     李白


 花間一壷酒 獨酌無相親     
 擧杯邀明月 對影成三人
 月既不解飲 影徒随我身    

    暫伴月将影 行楽須及春     
 我歌月徘徊 我舞影零亂    
 醒時同交歡 醉後各分散     
 永結無情遊 相期遥雲漢    

 

漢詩はたまに諳じたくなるくらい好きだ。

中学の教科書で習った、

黄鶴楼送孟浩然之広陵

(黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る)

がとりわけ気に入っている。

 

漢詩は風景を客観的に読み込んでいるのか、風景がスッと浮かぶ。

百人一首や和歌、俳句も同じ質があるように思う。

 

幽玄な世界を鮮やかに詠む李白について

丁寧に知りたいと思った。

心憎いぜ。

 

お茶の時間

今日はゆっくりしていたらこの時間のお茶になった。
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朝イチにお茶をのんだ方が、時間はゆっくり流れるようなきがする。

気がついたら11時でビックリする。

 

今日は薪がもうすぐ終わるから、建築端材をノコギリで切って、薪の足しにした。

ノコは少し錆びていたが、木は思ったより乾燥していたので早くカットできた。

 

昔、台風で倒木したばかりの生木を切ったことがある。

水が多くて、ノコが進まない。

手首くらいの太さなのに、精神的にきつい切り出しだった。

 

うちの柱は、建築会社の方の策略で、

木を切りにいきます!といってホイホイ行ってきたが最後。これが我が家の大黒柱と言われ、ドヒャー Σ(゚∀゚ノ)ノ となったものだ。
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木を伐るときに、木は生きてるんだと感じる瞬間があって、切らせていただいたことが生々しい記憶で残っている。

その瞬間、咄嗟に腰をおとし膝をついてチェーンソーを押し進めた。

 

お前は私を切れるのか

 

木霊に怒られたような、怒鳴られたような不思議な感覚を手と胸に感じた。

もう、1年近く前のお話。

 

最近、雪が降っている。

4月に入ってからこんなに積もるのは初めて、とまわりで言っていた。

 

季節外れのためか側道には除雪が廻ってこない。

 

家の前の雪はスコップでかいて投げる。

水っぽい雪でスコップが重くなる。

でも空気は軽い。山ならでは。

雪かきはこどもに帰る時間。

空気とひとつになれば寒くないのもこどもならでは。こどもは風の子とはよくいったものだ。

 

今年1年は、色々整理。

前半は集合意識に風を通す。

後半はまだちょっと、わからない。

風を通すことで、量子的な動きが加速しやすくなるだろう。

 

そうなれば、私がさっき飲んだ東方美人のお茶の木が、天候や地震で来年以降しばらくは回復が見込めないと聞いていた。

にも関わらず、お茶を飲んだ私たちとお茶の木がそして土地が共振したなら、急に元気になってまた美味しいお茶がいただけるようになるんじゃないか、とぼんやり思っている。

 

楽しかった、美味しかったと思うだけで、植物や動物や土地に活力が出てきたなら、素敵だと思う。

天と地に川を流すのだ。

そのために、しばらく仕込みをしっかりして時を待とう。

 

 

頑張らなくてもよくなってる?

今日から子ども達は学校へ。

上の子は給食がある。下の子はこれから毎日お弁当。

 

久しぶりに毎日弁当か、と思ったけど前より考えないでおかずを決める。

朝御飯のおかずとお昼のお弁当のおかずは兼用だ。

 

子どものお弁当って、野菜多めにしよう、と思うから買い物も変わってくる。

引っ越す前はなんだかよくわからないけど面倒、と思って引っ越しの荷造りをしてから料理を放棄していた感じがあった。

 

今はボウルや皿が足りていないし、あるものを活用して料理をしている。

その方が手もよく動いて、刻む音も楽しく響く。少し不便くらいが、丁度良いのか?

 

ガスオーブンが未調整のため、オーブンレンジが使えず、蒸しパンなどのおやつを作っている。

昨日はおやつ用にとっておいた豆乳を飲まれていて、流石に子ども達に申し渡しをした。

山奥なのだから、簡単には買い物にいけないことも含め二人には伝えた。

 

新しい環境に来た割に、あまり疲れないのは自然の気が多いこと、そしてワークやお茶のお陰だと思う。

朝起きが3~4時位なのだけど、昼寝せず過ごしている。薪ストーブの火が切れるのもこのくらい。

お茶を飲むようになって、朝が強くなった。

岩茶は今の住まいと同じ高度で育っているからか、体も暖まりやすく薄着でいられる。

灰で手が荒れたり、目やにが増えたりするが、体が慣れるとなくなるだろう。

横浜に引っ越したときも、体が慣れるまで1ヶ月以上かかった。

 

今日は心のデトックスが多くてちょっとぐったりしたが、人との出会いが隙間を空けてくれたり、視点を変えてくれたりしている、という事を教えられる1日だった。

 

 

旬は大事

さっき、書こうと思っていた記事があったが消した。

感情の整頓のための記事だったのだが

気持ちが途切れたのでやめた。

こういう感覚は大切にしよう。

気持ちにも旬があるのか。

 

今日は雪。ちょっと湿度がある雪。3日前まで雪は溶けていったと思ったらまた積もる。

この時期は珍しいらしい。

 

山の天気を見ていると、麓よりも変化が多くて微細。

今日は雪だからか川の流れも少なめ。

 

まもなく荷物の集荷がくる。

急ぎ甥っ子の忘れ物を荷造りだ。

 

 

大切なこと

今日はトークイベントに参加した。

 

トークの内容で

今強く心に留まったのは、

1日1日を完結して生きること。

そして気づいたことは、未来のことを思いながら過去の事を見ていたこと。

いやいや、本当にお恥ずかしい限りである。

 

やり残しをしない、思い残しをしない。

今日はやりきったと思えるところまでやるといっていた人の、言葉の密度を直に感じることができたのは、とても貴重な機会だった。

駅までの道すがら、自我の欲求もそこそこ折り合いをつけながら生きるのもありかも、と思った。

 

 

潜在能力開発についてのエピソードがあったが、ワークへの姿勢についても共通するものがあって、結果がでるまでやることの大切さをあらためて思い知らされた。

昔の修行は生きるか死ぬかだったのと、結局同じところに行くのか。

 

物事への取り組みの道は、共振するのだろうか。明日からのワークやプラクティスも、今日の話を心の片隅において取り組もう。

 

私はわたしのことでいっぱいになってしまうが、日々完結したら変化があるのだろうか。

帰ってくる覚悟で、今年の山は取り組む。


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