うぉーと吠える日々

たまに、うぉーと心の中で吠えています。メモがわりに書いているので、乱文です。ご容赦くださいませ。

波間を漂う海月のように

引っ越しの準備を少しずつ進めている。

昨日は、放置してあった手仕事のラックの整頓をした。

夕方から始めたので、終わらず途中志半ばで寝てしまう。

巻いていない洗っただけの毛糸が縁日の焼きそばの麺のように盛り上がっている。f:id:stonemalachite:20190202060944j:image

昨日は納戸に入っていた電気のカバーとパルック?を解体し、仕分け。

その空いた場所に段ボール詰めが終わった荷物を入れる。

涙の倉庫番スペシャルや立体テトリスをまさにやっている。

いつも家の中が雑然としている。

でも、私が自分の家や自分の周りを綺麗にできた歴史は、とても短い。

中3のときと、高2~高3のとき、震災を挟んだ1年くらい。

 

3/42。スゲー短い。

自分が片付けられない人間なのかどうか知りたかったから、掃除の仕事をしてみたら、どうもそうではない。

他人のうちは綺麗にできる。

 

私は自分のいる場所に対して、愛を持って住んでないのかな。

頑張れないのだ。

家族に対しても頑張れない。

 

だから、もうお手上げなの。

最後の横浜生活は、食べたいものをちょっと食べて、お茶を呑んで、粛々とやると決めたことをこなす。

引っ越したら、どうなっているのか想像もつかない。

道を目指すというか、三角関数の実数軸の極大のところをピョンピョン飛び移るような感覚。

因幡の白兎。

 

それでいいのかな?と思いながら進んでいて、なんだかフワフワしている様が海月のようでもある。

 

今の自分は月末にある訪問演奏の準備と、スライド制作をして、荷造り。

少しばかりワークを加えながら、ぽつりぽつり過ごす。

お金を稼ぐのは、引っ越してからゆっくりやろう。

後回しにしていたことや返すものとか、分別をしていけば、身軽になるかな?

 

そんな中で、面白い人と昨日は沢山話したのだけど話した時間があまりよくわからなくて気付いたら1時間半もお電話していたという。

思うところを忌憚なく話していて、初対面なのに、違う経験が同じ風景を分かち合う感覚。

 

心がなごんだ時間だった。

物から教えてもらうことについて、感じることがある1日だった。

 

夜は、近所の中華料理店に餃子を買いに行ったら2/20までお休みしていた。

あ、春節か。

自分の知らない文化と時間を、濃密に感じた瞬間だった。

そして、あのお店の餃子はしばらく食べられない。

みれば、そういうお店が横浜ではあちこちにある。長くすんでいたのに、気付かないことがまだまだあった。

お店が再開するのが楽しみだ。

岩茶を受けとめきれない・・・

今、中国茶のクラスを受けている。

自分でお茶を淹れたくて、都内の中国茶房に足を運んでお茶を頂いて購入してきた。

 

昨日は仕事が五反田だったので、そのまま目黒に移動してお店に寄った。

都内は特に大通りを少し入ると、静かな住宅街になる。

私のように国道に面して住んでいるものからみたら、この数10mの差は大きいと思う。

音が静かだもの。

今住んでいるうちが静かなのは、お盆とお正月。

物流量が減った時期の静けさは、ビックリするくらい。

 

岩茶房さんは、ランチもあるのだけど私はお茶を飲みたかったので昨日は諦めることにした。

そして、自分が何を飲んだか控え忘れる。

が、5,6杯飲みながら花巻とあんまん(胡麻餡に胡桃入り)とドライフルーツをつまむ。

 

塩気のものを食べたくなるのだが、飲み終わってから暫くすると胃が痛い(笑)

内臓がくたびれておる。

 

普通にプラクティスをしていては気付かないのだけど、岩茶を飲むと内臓の様子がはっきりとわかる。

普段、胃の事は気にしないのだけど前に岩茶をいただいたときも、胃が痛くなったのだ。

私、よく噛んでないんだ。そしてその事で胃が困っているみたい。

 

今朝は3時に起きてしまったので、

奇種というお茶をいただいた。

気になって買った茶器でいただくが、3~4人分のポットだから大きい。


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一煎目

香りが華やかで、強烈。

それに気づくのが二煎目を飲んでからという

ちょっと遅れてわかるのが新鮮。

三煎目

味に気持ちが向く。

烏龍茶を感じる。

普段口にしている烏龍茶に似た味を感じる。

四煎目

烏龍茶の味

五煎目

烏龍茶の味。最初ほど香りはないものの、急須には香りが残っていて、飲み時を教えてくれる。

 

お茶のことをお茶が教えてくれる、とても不思議な時間だった。

今度は急須とカップを揃えよう。

胃が痛くなくなるのは何時なのかなぁ。

そして、プラクティスとどう相まっていくのだろう。

 

行きたいところ

私はあまり海外にいってないし、最近は国内も出歩かないから、行きたいところがたまっている。

北海道、山形、新潟、岐阜、島根、壱岐、淡路、別府、神津島。スキーもいきたい。

海外は

インド、ベトナム、台湾の北投温泉、アメリカ(ツーソン)、ペルー、パナマ、そしてエジプト、アイスランド

 

10年後にはみんな行けているような気がするよ。今からちょっぴり楽しみながら頑張ってみよう。

 

なぜか最近、私は大丈夫という感じがするようになった。

1/24日に私の年齢プラス胎児の頃の、ボディ・マインド・スピリットの浄化、7代前の前世の浄化を終わらせた。

 

そうしたら仙骨治療の当日の朝に、踵から何かが入ってきてとても私は至福に包まれたのだ。

何があっても私は大丈夫。

 

訳のわからない納得があって、とても不思議な気持ちだった。

 

仙骨の先生に話をすると、

よくあることらしい。

そして、玉枕のところがボンヤリ痛い。

そこを調整しているのか。

 

 

昔同じことがあったときに熱が出たので、今回のことでかなり要らない荷物が外れてきているのか、とぽつっと思った。

 

暫く、ホワホワしているかもしれないが、それもまた是としておこう。

baa y caa

バーとカー。

下降する力と上昇する力。

 

均衡がとれていては見えないのだけど

少しだけバランスを変えてみると見えてくる。

タターギャタとタタアーギャタのような、

ほんの少しの違いが、来る波と去る波を現すように

みる位置が違うとどちらも同じなような力。

 

ダックスくんとフントくんみたい。

 

かったりまけたり

まけたりかったり

かってもいいの

まけてもいいの

どっちでもいいの

どっちもいいの

 

ふたりはなかよし

 

絵本って、時々鋭い。

脳が作り出す重力場

最近長野と横浜を行き来している。

長野、寒いって言われているけど外はそんなに寒くない。

寒いときは大抵家の中にいるときだ。

そして、都会の寒さはかなり私にとっては厳しい。

 

何でなのかな、と思っていた。

田舎のほうは、寒さが厳しくても土があるから暖かいなと思うし、長野の家の地下はさらに地熱があって暖かい。

外より居間のほうが寒いし、できたばかりの家は人が生活していない寒さがある、という話を他の人にしたら、別荘のある人が、来たときは独特のヒンヤリ感があって、それがなくなってきた頃に帰るからなんだかもったいないんだよ、と言っていた。

 

横浜の寒さは、粒子が振動しにくい寒さだなと思う。

田舎の寒さは振動する隙間はあるんだけど、熱を発する粒子自体が少なめな感じだ。

思念が少ないところと、思念が重なりすぎてエネルギーが引っ張りだこなのの違いなのだろうか?

 

こういう差ってどこから出てくるのだろう?

今度投げ掛けてみようと思う。

変に溜める癖

ためなくてもよいものを溜める癖がある。

明け方と夜中のトイレ(寒いから)

目が覚めてるのに起きない(寒いから)

 

寒いのは、動くか外に出ちゃえば何ともなくなるのにぃ。

なので、単純に灯油を買ってファンヒーターを稼働することにする。

 

そんな簡単な事で改善したら、楽チンだ。

でも寒い以外の理由が出てきたら考えてみることにする。

めんどくさがっている自分、ついてこいや❗

 

ところが、先ほど仙骨の治療に行ったらめんどくさい病が軽くなってしまった。

仙骨が汚れてたのか。

そして、右の薬指に違和感発生。

先生曰く、調整中とのこと。

 

あー脾臓のクレンジングやろう。

今月は集中内臓ケアだ。

背骨と気の流れ

新年2日目にして、発熱。

主人の実家だったので、朝から夕方まで寝続ける。肩まわりや内臓を焙るように熱が回る。

なんか、シュウシュウ燃えてるなと思いながら寝ている。声をかけられてもなんだか答えたくない。まるで熱瞑想?

 

礼儀とか色々あるのだろうけど、無理矢理起き上がってごあいさつはできなかった。

水を時々飲みながら、11時間寝た。

さすがに腹が減って起きてご飯を食べたらまた発熱。

燃やすものがなくなったから具合が落ち着いただけなのか。

 

熱がでてから5日経った。

内臓にたまった感情が意外と多くて、熱の後に調子が戻るのに時間がかかっている。

食べたくないのに食べているような感覚のズレがあって、少しを何回かに食べたい感じ。

私の思いは、バラけてるなぁ。

 

新年早々この調子だから、今年の私は浄化と調整がメインになりそう。

 

5日に気功の教室があり背骨、筋をストレッチした。

来月からは動物の型に入って行く。

それを受けられるだけのからだ作り。

どこまでできるか、やるか。

 

淡々と積み上げる、を今年の課題にする。