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うぉーと吠える日々

たまに、うぉーと心の中で吠えています。メモがわりに書いているので、乱文です。ご容赦くださいませ。

鎌倉に行く

昨日は鎌倉に足を運んだ。
鎌倉に足を運ぶのは17年ぶり。
横浜に住むようになってから、初めて足を運んだ。
17年前、長野から静岡の主人の両親に挨拶に行くのに、鶴岡八幡宮に私から行きたいと言ったように記憶している。
今思うと、鶴岡八幡宮に足を運ぶ理由ってそんなになかったよなー。なんでそう思ったのかな?
鎌倉=鶴岡八幡宮だよね、みたいなノリだったのだろうか。

鶴岡八幡宮に足を運んでから、どうしても八幡宮の東の方に行きたくなって、裏路地を行こうとしたら、主人の「そっちには何もないよ」と阻まれたのも記憶している。

今思えば、鎌倉宮に行きたかったのかもしれない。
確か、八幡宮から浜に向かって歩いていた時から、その年の花粉症が突如始まったような…気がする。

昨日の鎌倉行きに話を戻す。
鎌倉宮までの道すがら、葬儀の案内看板があったのだか、その方の名字が私の旧姓と同じだった。
西日本に多い名字で、関東ではなかなかお目にかからないはず、なんですが。
これは、シンクロニシティでしょうか?
まずは御冥福をお祈りいたします。

鎌倉宮まで徒歩(かなり早い)で行くこと20分ほど。
近い。めっちゃ近い。なんで今まで気がつかなかったのか。
岐かれ路(わかれみち)から鎌倉宮までは直線の参道。歩いていると駅までの道を聞かれる。服装から見たらハイキング慣れしている感じやのに。

鎌倉宮に行く途中でお酒でも買っていこうかと思い酒屋さんに立ち寄った。
ただの酒屋じゃなかった。
日本酒の品揃えが半端じゃない。
しかも、720mlが最小単位。秋田の刈穂から、長野の真澄あらばしり、イヅツワインのナイアガラ酸化防止剤不使用他、全国の酒が勢揃い。
要クーラーバック持参じゃないですか。このお店。
真澄あらばしり、飲みたかった。

なので、酒は諦めて真っ直ぐ目的地を目指す。
路地は車の行き違いが難しい広さで、車も人も譲り合いながら通る。そしてバスも通る。
ふるい町ならではの光景。
やぁやぁで行きなされ、と言われている気分になる。歩いたからか背中がポクポク暖かい。

鎌倉宮に14時過ぎに到着。
大きな赤い獅子頭が鎮座している。拝観料を払い、土牢跡を拝見する。
修学旅行の中学生グループに出会う。wiki的知識を説明してくれていたので、若さっていいなぁとしみじみ思う。
なかなか、一人になる時間がなかったので、土牢の外に生えていた大きな木の切り株に手をあて、また来る旨を伝える。

社務所で獅子頭のお守りを求める。
1年で返納かと思いきや、もういいなという時に返納するそうだ。他にもそういう所があるのだろうか?

その後、護良親王墓所に足を運んだ。
下調べはしていたのだけど、すごく急な石段だった。
角度は測ってないけど、石段が狭い。
後ろを見ずに上りきった。
浅間町にある石の階段そっくりだった。あの石段を上ったのは今回の階段を上る伏線だったようだ。

階段を上ると、墓所が2重の扉で囲われている。
私が来た時間は14時30分頃で、柔らかい日もさして暖かい時間だった。
誰か先客がいらっしゃったようで、まだお香の煙が立ち上っていた。

扉の前に手を合わせご挨拶をする。
前日に塩を持参するようにと言われていたので、広島は鞆の浦で作った、満月と新月の塩をお備えした。

お参りの際は何度かティンジャを鳴らし、響きが濁らず落ち着くまで繰り返した。

28の若さで早世した親王は、親に臣下にその時代に何を思いながら世を去ったのか。
様々な事情がある中、ただ、28の若さで逝ってしまった事を残念に思う旨と、臣下の不肖の末裔が、生きて墓に詣でる機会を得たことの妙を、ただただ不思議に思い、そして有り難い事と思っている旨をお伝えしました。

階段を慎重に降りて、食事をして帰路についた。
そして、鼻炎と微熱復活となりました。

帰ってから気づいたのだか、鎌倉宮の中の村上社に足を運ぶのを忘れていた。(((((゜゜;)
痛恨のミスなのか?また足を運ぶための事象なのか?後日、また行ってきます。