うぉーと吠える日々

たまに、うぉーと心の中で吠えています。メモがわりに書いているので、乱文です。ご容赦くださいませ。

音で調律

6月12日

クンルンのプラクティスクラスがあった。

午後がメインで行くが、やっぱり練習はしたいので午前のクラスにも参加した。

てっきり開始は10:30かと思っていたら、実は9:30からだった(×_×)

家事の途中で気づいたのだが、私は9:30に出かける予定で家事を行ったので、今さら洗濯物を干さないまま行くのは諦めきれない。

部屋を片付けてから行く、と決めて行動を開始した。

 

皿を洗い出してから、なんだか急に胸が痛くなって(いわゆる、ハートチャクラという場所)オイオイ泣いてしまった。

先週の事なのに、何で泣いたか覚えてない。

顕在意識のところで泣いていないのだ。

そのため、どうして自分が泣いているかというと、過去にあったことを解放しているような感じなのだ。

早くにクンルンに行っていたら、泣いてなかったかもなと思い、泣くがままにしておいた。

 

クンルンクラスの会場に到着すると、みんなでルシェンという構えを行っていた。

やったことがあるのに、記憶が飛んで覚えていない。

なんたることだ。

見よう見まねをして構える。

 

いくつかワークをし、お昼は休憩が長かったので炊飯器を届けに移動。

家電をひとつ断捨離。

使っていなかったものを使っていただける方がいて、ありがたい。

一昨日、既に使って下さっていてお米も美味しく炊けてるよと言ってもらえて嬉しい限りだ。

 

午後はボディワーク、マントラと行った。

マントラは大勢で行うと思わぬ現象が起こる。多くの声がある時、違う音を生み出す瞬間に出会ったとき、自分一人より他人の、そして大勢のいるありがたさを実感した。

感想をシェアしているときに、自然と涙が出そうになった。

ここまで、他人の居るありがたさを心から感じたことはなかったかもしれない。

音の世界は無条件だ。

 

今回のクラスでは、隣に座った方とのご縁が濃くて、読むチャンスを先送りしていたシベリア杉の本を読む運びになった。

 

遅刻したけれど、焦らず自分なりに行動したりできるようになれてきている。

アクシデントに遭遇すると、今までの思考パターンから抜け出て、良くなっている実感が益々大きくなっている。

 

そういう事を実感できたプラクティスクラスだった。


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