うぉーと吠える日々

たまに、うぉーと心の中で吠えています。メモがわりに書いているので、乱文です。ご容赦くださいませ。

感情と表現

今、能の本を読んでいる。

仕事の帰りに、ふと立ち寄った古書店で目があって買い求めた。

能の世界は作品に登場する葛藤や情景を、表現してゆくものなのだけれど、家督をついでゆく世襲ならではの視点が、ふとした折に触れ表現されているのを読むと、芸事を見つめて共に過ごす時間の深さを思わずにはいられない。

そして同じ家系にありながら、個々人の個性に合わない解釈で演ずることについて、さらっと述べている。

型を守るということと個人であること。

それら異なるものをまとめ上げてゆく力が、あらゆるものに命を与えてゆく可能性を持つのかもしれない。

でも最初は稽古によって自分の不要な我を落としてゆくことを何となく行っていたのではないか、という言葉が心に残る。

 

こうありたいと思うのも我

それを否定するのも我

 

西行桜の花の精は、花であるがゆえ西行に沸き起こった我を指摘する。

その世界観に私はなぜだかわからず涙をこぼした。

 

花は花に非ず

 

花を見ている私たちは、何を花に観るのだろうか。

 

 

 

「能のちから 」 九世 観世銕之丞